自波調整整體

プロフィール

森 陽介(もり ようすけ)
2001年に整体の道に入る。その後、都心を中心にカナダやネパール、オーストラリアでも施術を行う。
現在は育ちの場である栃木県小山市に居を構え、自宅での充実した環境での施術を提供している。
また、整体ベッド片手に様々な場へ赴き、老若男女問わず施術を行っている。

施術のベースはクリニカルバイオフォログラフィックシステムCBSを採用。
このシステムについては、松原治療室にて現在も勉強中。

エピソード

▼自波調整整體の名付けについて
▼カナダのネイティブアメリカンとのエピソード


自波調整整體の名付けについて

友人 木村 創(きむら はじめ)さんが自波調整整體についての紹介文を書いてくださったので、こちらに掲載いたします。
木村 創さんはスイーツ作りに励んでいらっしゃるので、ぜひInstagramもご覧ください。不定期にスイーツカフェも開いていらっしゃいます。

森陽介の整体を言葉で表現するのは難しい。
わたくし、木村 創ことハジは、陽介に先日施術してもらった。
腰痛もそうだが、ここ一年くらい首から来る腕の痺れに悩まされていた。特に夜寝る時に、首に負担がかかるのか、腕に痺れが出て仰向けで寝れないのだ。
陽介に我が家まで来てもらい、診てもらうと、「かなり身体がガタガタですね。ヤバいですね」と言われた。「僕の言うヤバいは相当ヤバいです(笑)」。
自分でもその時、良いところを探すのが難しいくらい身体がボロボロなのはわかっていた。
そこから陽介は僕の身体を丁寧に調べて、調整してくれた。
「明日か明後日には、首も良くなると思いますよ。一回ではさすがに完全には取りきれませんが、治ると思いますよ」と言った。
正直、完全に治るのは難しいと思っていて、共存していくしかないと諦めていた。
その日の夜、横になっても腕の痺れがなく驚いた。1年ぶりに普通に眠れる幸せ。が、翌日になると少しまた痺れが出て来て、やはり痺れを治すのには時間がかかるよなあ、仕方ないと思い直した。それから数日後、気がつくと腕の痺れがなく、眠れている自分に気付いた。いつの間にか腕の痺れが日中からかなり緩和していた。これには本当にびっくりした!
そして、2年前に自転車で転んだ時に痛めた右手首も、かなり良くなっているのに数日前に気付いた。
この後、継続的に彼の整体を受けていきたいと思ったのは言うまでもない。陽介のおかげで、自分の身体に希望のようなものが湧いて来た。自分の身体を諦めなくていいんだ!と思うと本当に心が救われた。

陽介は、俺にとってメディスンマンのようなものだ。
現在、陽介は鎌倉でやっていた整体院を引き払い、2021年から栃木と都心の2拠点生活を開始した。
整体ベッドを持って西へ東へと仕事に向かい、老若男女問わずどんな人でも施術する。

先日友人Aさんが鼻炎でひどく苦しんでいると、陽介はこんなアドバイスをした。
「Aさん、足の指に全部緑色のマニキュアしてるけど、人差し指だけ赤にするといいよ」
友人Aは言われた通りにしてみると、不思議なことに鼻炎はおさまったという。

彼の施術は言葉で伝えるのは難しい。が、彼が身体に触れると、身体の奥深いところが感応するようにして動き始める。なんとも不思議な感覚だ。
その後、友人Aが陽介の整体について言った言葉がしっくりいくかもしれない。
「陽ちゃんの整体って、“自波調整”って言葉がピッタリかなと思ったんだよねえ。どう良くない?」。
自波調整整體
良い響きかもしれない。

※メディスンマンというのは、創造主(の意志)と調和しバランスを取って生きてみせることを天職、あるいは役割として一族の人たちの前で演じてみせる人のことである。
ネイティブアメリカンカルチャーの先駆者、北山耕平氏のHP「Native Heart」の「ほんもののメディスンマン」から引用させていただきました。



カナダのネイティブアメリカンとのエピソード

ネイティブアメリカンと15年近く家族のような交流を続ける女性が日本にいる。
それが坂口 火菜子(さかぐち かなこ)さんである。
彼女は、2007年からカナダのサスカチュアン州の先住民居留地に足?く通い、クリー族と交流を深めてきた。
また、ネイティブアメリカンに伝わる「虹の戦士」という物語を語り継ぐことや、その経験から学んだことをシェアする「語り部教室」をライフワークにしている。
坂口 火菜子さんの最近の活動を知りたい方はぜひ個人HPをご覧ください。

2008年、坂口 火菜子は、先住民居留地に訪れていた。2度目の訪問となる。
その時、彼女と親交のあるクリー族の女性ノラの兄、ジョンがこう言った。
「原因不明の体調不良が続いていて、夢に日本人の男性が出てきて、彼が私の頭に触れると私の病は軽くなったんだ。
カナ、夢の中の人を連れてきて欲しい!」とジョンは切実に彼女に懇願した。
彼女としては、「え?夢の中の人を連れてきてと言われても?」と、その時は困惑したという。
とりあえず、ジョンから赤い布を託されて、彼女は山梨県北杜市の甲斐駒ヶ岳神社にその布を吊るして祈った。

それから約10年の月日が過ぎ、2019年。
あれから坂口 火菜子は毎年のようにクリー族の居留地に通っていた。日本人を引き連れてのツアーも6年目になる。
この時の参加者は、女性8名、男性5名の計13名だった。
その中に、森 陽介という整体院を鎌倉で営む男性がいた。
彼はその年から急に先住民の文化に興味を持ち、同じ治療師であり友人の加瀬 徹(加瀬さんも長年クリー族のもとに通い、メディスンマンとしてクリーの人々を施術していた。)からクリー族が行うセレモニーのことを聞いて知り、参加することになった。
セレモニーが始まってから最終日まで、森 陽介と加瀬 徹は先住民の方々のケアを二人で献身的に行っていた。その地域には整体院がない。身体の不調を見てくれる東洋的な治療をする人は誰もいないのだ。だから日本人の治療家がその場所に来ると、次から次と調子の悪い先住民の方々がやってくるのである。
最終日の午前中だった。
忙しく動き回っているふたりの前にジョンがやってきた。
ジョンは加瀬 徹に布とタバコを渡し、治療をお願いした。が、なぜかそのとき加瀬は森にジョンの治療を託して、他の人の治療を始めたという。
その時のジョンはすっかり夢の話など忘れたいた。
森がちょうどジョンの頭に触れる治療を始めた時に、ジョンの目がいきなり見開き、何かを感じとっているようだった。
一通りジョンの治療を終えると、彼は森に自分の夢の話を始め、その時ジョンは森のことを『スピリットヒーラー』だと伝えた。
セレモニーが終わった後、ジョンは坂口 火菜子にこう告げた。
「カナ、彼がそうだったよ。」

そう、森 陽介こそが、2008年にクリー族のメディスンマンであるジョンが探し求めていた日本人だったのである。